歴史の詰まった地
玉泉園は景色も大変魅力ではありますが、その背景にある歴史もまた、非常に惹かれるものがあります。
玉泉園を正しく表記すると『加賀藩高級武家庭園「西田家庭園 玉泉園』となりますが、ここに含まれる加賀藩士・脇田直賢によって江戸時代初期に着工され、それから4代にも渡って製作されました。
完成したのは4代目・九衛門の代、江戸時代中期初頭で、その間100年というのですから、ただただ驚嘆するばかりです。
「西田家」とあるのは、明治初期に脇田家が移住した後、幾度も転売された末に西田家の手に渡った為であり、しばらくは非公開だったのですが、昭和46年に財団法人西田家庭園保存会が設立されたことで当保存会へと寄贈され、ようやく一般公開され現在に至ります。
玉泉園の名の由来ですが、加賀二代藩主・前田利長の令室である玉泉院からとって名付けられました。
玉泉園は本庭と西庭、東庭の三つで構成されており、各庭園の巨木などは着工前から茂っていたとされています。